あなたがあなたを扱うように、人はあなたを見ている

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今日は「あなたがあなたを扱うように人はあなたを見ている」のお話をしてみたいと思います。


中学生の心の授業でやったワークをご紹介いたしますね。



桐の箱の中に、安価なガラスの器を入れます。

それを大事に大事に、落とさないようそしてうやうやしく胸に抱いて、「これは、値段がつけられない高価なものです」と言いながら両手でそっと箱ごと手渡しします。それを隣の人へ次々に手渡しして全員にまわるようにします。


一方、本物の高価なガラスの器をぞんざいに扱いながら、「これは100均で購入しました。」と言いながら、片手でポイっと箱にも入れずそのまま手渡します。

同じように隣の人へ次々に手渡しして全員にまわるようにします。



すると、おもしろいことに、受け取り方に違いがみられます。



高価なモノと思って受け取った相手は、同じようにうやうやしく扱います。


一方、ぞんざいに扱った器は、ほんとうは高価なものであるにもかかわらず、ささっと簡単に受け渡ししています。



これは、人間のことを例えたワークです。



私たちは、ひとりひとり素晴らしい存在であるにもかかわらず、自己否定をして、自分には価値がない、と卑下している人が多いものです。


高価なガラスの器をぞんざいに扱うと、ぞんざいに扱われるように、あなたが自分のことを、素晴らしい存在だと扱っていないのに、相手があなたのことを大切に扱ってくれるはずがありません。



もし、あなたが、「大切にされたい、大切に扱ってほしい」、と思うならば、自分が自分を大切に扱うことです。


自分を大切にせず、自分を愛していないのに、人から大切に愛されるはずがないのです。ということを、モノを使って生徒さんたちに体感していただきました。


モノはガラスの器でなくとも、アクセサリーでも、瀬戸物でもなんでも良いです。

このワークをして、驚いたことは、生徒さんたちは、意外に審美眼があり、ニセモノや安価なアクセサリーは、ばれてしまうことがあるということ。

そして、「うそをついたのか」、と思われてしまうこと。



選ぶモノは、こちらも感性が問われます。


また、「うそをついたのか」と言われてしまう前に、こちらから、正直に打ち明けます。



これは、私たちは、「自分が自分を扱うように、人から扱われるのだ」ということを「モノ」を使って表現しました。とお話ししました。




子どもの純粋な心に、私も学ばせていただきながら、私たち日本人は、謙遜や謙虚という文化があるけれど、それは自己否定とか自分を卑下するものでは決してない、と、そのことを伝えたいと思い、このワークをしました。



大人のあなたも、もし、家族や友人、仲間たちから、ぞんざいに扱われているなと感じたら、相手を責める前に、「自分は自分をどう扱っていたかな」と自分に問いかけてみると良いですよ。



周りの人は、それをただ教えてくれているだけ。




人は、「あなたがあなたを扱うように、あなたを見ている」、ということを知っておかれると良いと思います。




「大切なものを大切に扱う。」



大切なあなたを、大切にするのは、まずあなたから。






最後まで、お読みくださってありがとうございます。